ぼうげん

「私の言ってることって妄言かな」
「いや、暴言かもね」
「やっぱり、証拠がないんだよ。たしかにあるとは思うんだけど」
「逆に証拠って必要なのかな」
「必要でしょう」
「なんで」
「証拠がなければ存在を証明することができない」
「でも、お前の指すものって存在を越えているものもあるわけだよね」
「あれはそうだとしても、本質や性質とか軸とかは越えてるとは言えない」
「じゃあ、それらは感覚を越えるものでもない?」
「どうなんだろう。本質や性質自体を五感で感じることはできないけど、それらが構成している事物は感じることができる」
「軸は?」
「五感で感じられるものではない。けど、私たちが在るだけで存在しているような……」
「存在や感覚を越えているものを、存在や感覚に依存しているわたしたちが捉えられるとは思えないけど」
「いや、そうなんだけど、ダミーだとしても何かしら掴めるはずなんじゃないかなって」
「証拠って具体的になんだろう」
「一番いいのは目で見えることだと思うんだけども」
「絶対ないわ」
「例えばさ数式で表わすみたいなさ」
「ああ、数学って何でもわかるような気がするね」
「でしょう、数学って万能っぽいよね。エレガントらしいよ。よく知らんが」
「で、それは来世に期待しているの?」
「私は現世で頑張りたい。他にないだろうか」
「削り取って浮き彫りにしていくってのがある、かも」
「周りを削り取ることできるんだろうか。考えを示すってことなら、他の考えとの差異を表わして削っていけるだろうけど、この場合は違うんじゃないか」
「ないないづくしじゃダメか」
七福神も歌い出さないよ」
「なら、もっと細かく考えていくとか」
「緻密にするのは大事だけど、それが証拠にはならないでしょ。いくらリアルに即した小説を書いたって、それが現実ではないのと同じようにさ」
「もう、感覚が証拠じゃダメなの?」
「ダメでしょ。その感覚は私の感覚であって、ほかの人と共有できるものではないし、感覚に欺かれているかもしれないじゃん」
「やーい。お前の感覚、不誠実ゥ」
「……」
「証拠があるとしても、ここのもの。さっきお前がリアルな小説でも現実にはなり得ないといったように、ここのものは所詮ここのものでしかない。それでも証拠は必要?」
「そうやって考えるのをやめるのはよくないって思うんだ」
「その証拠が不確かなものでも欲しいと」
「多分手に入れたら不完全なものになるけど、手に入れないといけないものでもあると思う」
「うーん」
「ここのものだからって切り捨てるのは、思考の停止にすぎないじゃんか」