だめだ、はく

また、考えていることまとめて書こうと思う。


以下、以前書いたもの(☆のおうじさまがだいきらいなワケ)。



思想や意見、人の思考に関するものは全て“暴力”的である。それは、その思考に関するものが存在するためにはその他の思考に関するものを否定せざるを得ないからだ*1。『星の王子さま』はこの意味でとても暴力的であると感じた。
この物語の中で、王子さまが大切だと思っていることが“本当は”大切なことであり、ここに登場する大人たちが思っている大切なことは“本当は”そうではないという考え方が一貫して主張されている。ここに登場する大人たちの大切としているものは権力であったり栄誉、社会の規則等の通俗的(又は社会的)なものであり、反対に王子さまのそれは通俗的でない「目に見えない」ものである。前者は社会の中で上手く生きていく上で大切とされることで、後者は社会という大きな枠組みではあまり取り上げられず精神論に重きを置くものだ。ここで私はどちらが大切なものなのかということについて言及する気はない。それは個々人によって決められることであって、普遍的な答えはないと考えるからである。しかし、この物語で王子さまは次のように言っている。

「ぼく、まっ赤な顔のおじさんがいる星に、行ったことがある。おじさんは、一度も花の香りをかいだことがなかった。星を見たこともなかった。誰も愛したことがなかった。たし算以外は、なにもしたことがなかった。一日じゅう、きみみたいにくり返してた。『大事な事で忙しい! 私は有能な人間だから!』そうしてふんぞり返ってた。でもそんなのは人間じゃない。キノコだ!」*2

王子さまがおじさんをキノコだと言った理由は、大切なこと(花の香り、星、愛)に対して何一つ気にかけず、大切でないこと(たし算)を大切なこととして扱っていたからであろう。だが、この大切なものというのは飽くまで王子さまの基準での大切なものである。たし算をそれらよりも大切なものとして扱うことに何ら問題はないし、それが間違いであると言うこともできないはずである。それなのに王子さまはおじさんの大切なものを大切でないものだと切って捨てて、一つの見方を押しつけてしまっている。自分の考え方を普遍的なものだと推し進めてしまっているのである。これは暴力的だと言えるのではないだろうか*3。勿論それは最初に述べた思考に関するものとしての暴力性でもあるのだが、それとは異なる暴力性も含んでいる。それは、「決めつけ」というその他を排除する暴力性である。大切なものは個人によって異なるもので、万人が万人に共通するものがあるとは言い切れないと考える。そして、それらのどれが正解でどれが間違っているとは誰も言えない。その正解は各々自分自身によって決められることであって、第三者によってまとめられるものではないからだ。それを無理矢理まとめて決めつける、それがこの物語の中に感じた暴力性の一つである。
また、王子さまが地球で薔薇たちに語りかける場面がある。そこで王子さまは薔薇たちにこう言う。

「誰もきみたちをなつかせたことはなかったし、きみたちも、誰もなつかせたことがないんだ。」*4

「きみたちは美しい。でも外見だけで、中身はからっぽだね。」*5

王子さまは自分の星にある薔薇についてはよく知っているだろう。しかし、地球にいる無数の薔薇たちの何を知ってそう言うのだろうか。何も知らないなら、薔薇たちをなつかせていないのであれば、彼は薔薇たちを「外見だけで、中身は空っぽ」だとも言えないはずである。中身というのが、薔薇自体の何かではなく王子さまの精神的なもの(思い入れや情等)を指しているとしても、それをわざわざ本人に伝える必要はない。自分の掛け替えのないものと比べ、自分にとってそれよりも価値がないということをその対象に向けて口にすること自体もあまりよろしい感じはしないし、それ以上に自分の知らないものに対しての決めつけはあまりに暴力的なのではないか。私はこのくだりにとても強い不快感を感じる。
このようなことを口にするのは物語の進行上不可欠なことだったのかもしれない。物語に対して不満を言うのも間違っているのかもしれない。しかし、主張のために間違いという役割を背負わされるまっ赤な顔のおじさんや、誰とも絆を持たないとされる薔薇たちに憐れみと悲しみを、そして王子さまやこの物語の著者に腹立たしさを感じずにはいられない。
 
最後に、『星の王子さま』は“暴力”的な物語であるが、それを否定する私の考え方もまた“暴力”的であることを忘れてはいけない。

                                                                                                                                                              • -

参考文献
星の王子さま新潮文庫 サン=テグジュペリ著 河野万里子訳 平成20年11月30日 22刷

*1:「ある」だけで暴力性を持つことになるということ。

*2:P.38 L.2

*3:この暴力性は王子さまという登場人物だけが問題なのではなく、その思想を提唱する著者と肯定する物語が大きく関わっている。

*4:P.107 L.5

*5:P.107 L.11