無意味の上の脅迫めいた意味

「就活……社会にでなきゃならないのかあ。なんか遂に現実がきてしまったって感じだよ」
と、友人が苦い顔をした。そんなこと言いながらも、友人は立派に社会人になっていくんだろうなと思った。
就活関連の動きが活発になってきた。パンフレット貰ったり、就活の情報が受け取れる変なもの(失敬)に登録したり。なんだか静かに静かに脅迫されている気になる。

“生”の保持は、ただ命を保つだけじゃいけない。それには、社会に適応することも含まれる。人間としての“生”だけではなく、人としての“生”*1も保とうとしているのだろう。私もそれに執着しているのか。
根のない大樹だと言いながら、人としての“生”に執着するってのはなんかひどくみっともない。なんだか色々虚しい。

*1:当たり前だけど、「人間としての“生”」と「人としての“生”」は別物