霞で腹ふくれればいいのに

友人らと会うのがいやだと思っているが、数年前の私も同じことを言っていたらしい。
私って全然進歩してないなあという気持ちと、思っていた以上に昔のことを忘れていることに少し恐怖を感じたので、ここでこれから先あまり覚えていたくないと思っていること・状況をあえて残しておこうと思う。
いつかこの記事を見なおしたときの私が進歩していることを願うよ、ホント。
正直、このままでいいとは思えない。
周りの人ははやく就職をしなさいよとせき立てる。これはとても全うなことで、私はそうですよねとしか言いようがない。言いようがないというより、就職しろよという話なのだけど、私は正直なところ本気でそれに立ち向かう、取り組む気持ちを持つことができない。これは、なんとも情けなく恥ずかしいことだと感じる。私の知る限りでは友人や知人らは、働くことに真面目に取り組み社会生活を難なく営んでいる。それなのに私ときたら働くということをしたくないと強く思ってしまっている。「自分に合った仕事に就いたら、考え方も変わるんじゃないか」と言ってくれる人がいるのに、そこにいくまで届かない。本当、情けない。恥ずかしい。家族に申し訳ない。
正式な仕事という仕事がないと時間も自由で楽といえば楽なのだけど、辛いことも多少なりともあったり。社会生活を正常に営めていないという負い目なんかがそうだったりする。まあ、自業自得なんだけど。
言いにくいが、仕事をしていないと人権?がないんじゃないか、と半ば本気で考えてしまう。働いてもないクセにと言われてしまうとぐうの音も出ないし、何を言っても説得力がない。働いていないと人として扱ってもらえない。多分、これは例外を除き*1言い過ぎではないと思う。要は、働くという意思の問題なんだろう。
働きたくないと思いながらも、働いていないことに負い目を感じる。周りの人の目が怖い。普通の人ができることを普通にできないことに引け目を感じる。
これでいいって、言っちゃいけない。でも、抜け出す勇気も出ない。立ち往生。
でも、でも。


今がこんな感じだから、前のこと昔のことを引っ張り出して卑下することがあった。
でも、本当はちゃんとやったんだよって胸を張って言いたかった。大学4年間、専攻の勉強はほとんど真面目にやらず仕舞いで何も学ぶことが出来なかったけど、そこで興味のあることを見つけたんだよって。論文の体を成していなかったけど、レポートとしてちゃんとしていなかったけど、本気で全力で考え続けたんだよって。そんなこと言うべきじゃないだろうし、言えなかったけど。


あまり良い状況でないとしても、大切なモノはまだちゃんとあるし、もう少し踏ん張る必要がある。

*1:働きたくても働けない場合とか諸々。