なにもない、しかし確実にあるものへの抵抗

自分、精神、全体。
自分はなにか。精神との区別。全体が自分か、自分が全体か。変わらないのはあれだけか。

宗教を呑み込み、宗教に呑み込まれる。宗教の嫌悪感は思想的なものか。"動き"であるなら、私も同じ穴のムジナであろう。

いや、おそらく、他への嫌悪感。混合を嫌っている。
混合と結合は違う。

怖いのは忘れることではないようだ。忘れることはない。怖いのは、諦観と馴れ。今ここにいることが一種のそれらではあるが、それを指すのではない、指せない*1。私が指したいのは、そこからの足掻きだ。できるかぎりのていこうを。

絶望の中進む、唯一の方法。一つの層の逃げとならぬよう。

*1:指せないことは仕方ないことかもしれないが、よくない。そこから目を背けることも、諦観と馴れに繋がる。